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《文字起こし》【第358回】あいちトリエンナーレ・表現の不自由展~わたしの意見を述べます~【山田太郎のさんちゃんねる】

【第358回】あいちトリエンナーレ・表現の不自由展~わたしの意見を述べます~【山田太郎のさんちゃんねる】


2019年8月7日に配信された、こちらの動画の一部を文字起こししました。
この番組は表現の自由をめぐる問題を中心に、一緒に考えていこうという目的で提供させていただいております、ぜひともチャンネル登録よろしくお願い致します。

出演者紹介

○ 山田太郎 参議院議員 Twitter 表現の自由を守る会 代表

○ 坂井崇俊さん Twitter 山田太郎さんの秘書・AFEE 代表

○ 萌生めぐみさん Twitter アシスタント・ちびキャラ絵師・声優

※以下、特に記載がない場合は基本的に山田さんが発言しています。

まずもう、このトリエンナーレの話に関しては、いろんな報道で皆さんはもうずっと見ていらっしゃる方も多いと思いますので、経緯についてはあまり細かく説明してもしょうがないと思います。

ただポイントは、私の認識というか、まぁ開かれましたと、いろいろ批判はあったものの、ガソリンを撒くぞとかって脅迫があったり、電凸というふうに芸術監督である津田大介さんは言ってましたけれども、そういうこともあって、開催の維持が難しいということで、主催者の意思で中止をしたというのがまずポイントだと思ってます。

ただ主催者の意思と言ってもちょっと複雑な関係がありまして、その前にいわゆる公的権力と言われる人たちが、いろいろ意見を言っていたのは事実でありまして、たぶん各人の発言ということが注目されると思うんですが、これは事実関係をきとっと分けて、官房長官・大村知事・河村市長・その他の国会議員、私も含めてかもしれませんが、そういう人たちのそれぞれの発言等々は、ちょっと注意して追っていく必要があるかなと思っています。

それからもう1つ複雑だと言っているのはですね、それ以外にも中止を決めたのが、芸術監督である津田大介さんと、県の事務局だと思うんですが、実際にはその下にですね、この不自由展を維持している実行委員会がありまして、そこは何の相談もされなかったということで、あるいは不自由展に展示している作家の人たちも、何の報告・相談もなく一方的に中止を告げられたということで、開催を求めて訴えるというようなことを言っていて、その展示をしている側でも、ちょっと揉めてるようだということでもあります。

それからもう1つ今回ポイントになったのは、今回の展示に関しては公的資金が入っているということについてどうなのかということが、1つ議論にもなっているということだと思います。

まずこれは私も表現の自由ということを標榜してやってきていますので、いろんな意見を整理して発言をする必要があるだろうと。

ですみません、よく山田さんの発言は1日ぐらい遅れるというふうに批判をされるんですが、ちょっと理由がありまして、やっぱり責任ある発言をTwitter等でやろうと思うと、事実関係を確認する必要があって、もちろん重要な問題については急いで発言をするということも大事なんですけれども、事実と違うことを言うというのは、特に今回国会議員に就任したということでもありますし、政権与党の一員でもあるという立場もあって、事実関係が確認できないと発言できない局面もあるんですね。

間違えて変なことを言って、訂正したり謝罪をするというようなことではあまりよろしくないので、若干ですね1日2日、あまり遅れたりするの良くないと思いますけれども、発言が遅くなることがあります。

例えば今回どんな展示物が展示されたのかは、現地・現場にも行っていないので、わかんないんですよね。でまぁやっぱりネットの中ではフェイクとまでは言いませんけれども、実際問題になったと一番言われているのは、慰安婦像の問題と昭和天皇の写真を焼くというような展示物かな、ただそれ以外も安倍総理と菅官房長官にヒールの足を咥えさせているような、当初私もあれを見たときはこれはさすがにまずいんじゃないかと、いろいろ思ったりしたんですけれども、それはまぁ今回不自由展とは関係ないということだったりするんで、そういうものがやっぱり出るのでちゃんと見ないとですね、なかなか責任ある発言をしにくいということで、まあ言い訳をしてもしょうがないかもしれませんが、そういうことでですね、そこは慎重になっているということはご了承を頂きたい。


まず根本的な考え方としては、法律に違反しない限り、何人もいわゆる表現の自由を奪われるような、まぁ今回中止ということなんですけども、そういうことをさせられるべきではないということです。

特にましてや公権力、公権力っていう定義も非常に難しいですが、いずれにしても中止を直接指示出来る人というのを、1つ定義と今回はしておきたいと思いますが、その人たちが中止を強制するということではないと、どんなに気に入らない展示内容であったとしても、表現の自由という論点に立てば、法律に違反しない限りは、その表現を保障されるべきだというのが、まずは基本的な考え方だということを述べておきたいというふうに思っています。

それからこの公金との関係というものも整理しなきゃいけないんですが、かなり公金を使っているのでおかしいじゃないかと、あの確かに気持ちもわかります、自分が一部税金を負担していると、で今回は全体の予算の中でも不自由展に使ったお金が420万円、まぁ価格の多寡ではなく、公金を使ってですね、自分もその(税金を負担している)一員であるのにも関わらず、しかもその展示内容を支持しているわけでもないのに、ああいうようなまあ特に日本を貶めるというような形、これはまあそういう考え方の人もいますので、そういうものをやるのはけしからんしありえないと、公的にそういうことやっていいのかと。

民間であれば問題がないと、こういうふうに議論する人もいますが、これは私の考え方を、意見を述べさせてもらいますと、公金に関しては専門家にその一定の独立を認めているのであれば、その内容については専門家に任せるべきだと、そうじゃないとですね、公立大学なんかどういうことになっちゃうかって話で、例えば国立の大学にいろんな授業があり、授業の中でもやっぱり反政府的な内容というものもあったりするわけですよね、でそうなったときにじゃあそういうの全部駄目なのという話になっちゃうわけなんです。

今回みたいなものを主催者である、例えば愛知県がやりたくないとかやるべきだとか、そこはそれで自由だというふうに思いますけれども、一度そういう形で開いた、特に今回のように、一定の専門家にその中身について任せたという形をとったんであれば、それはそれとして任せて進めるというのがあるべき姿ではないかなというふうに思っています。

でそこで展示された内容を後からですね、表現上どうだこうだということで、その表現の自由を奪うというのは、これは確かに表現の自由にも抵触することになるかなというふうに思ってます。

良い悪いという評価は出てきますよ、ただ今回愛知県は津田大介さんに芸術監督を任せて、その配下でそれぞれ展示を、これ表現の不自由展だけじゃないんですけれども、任せたという建て付けをとっていますので、その範疇の間で自由に表現が行われるべきだった。

それはたとえ公金を入れたとしても、そういう形で進めるというふうに決めたわけですから、それは守っていくというふうにしないと、もちろん金を出したからといって、その内容を支持したことにはならない。

まぁ今回色んな批判があります。この展示会で従軍慰安婦に関する少女の像を出したということが、あたかもそれを認めているというふうに言われかねないということが1つ批判にもなっていますが、ただそれはきちっと、まあそういうものがあるんだということだけを、ちゃんと説明責任はあると思うんですね。きちっとそういう意味では声明を出して、認知させなければいけないってのは、それは当然だというふうに思ってます。

本件に関してはたぶんいろいろ、補助金を打ち切る打ち切らないの議論があります、で特に私の場合は国政の議員ですから、この補助金の扱いに関しては「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する」法律または法律施行令というですね、結構分厚い条文がありまして、これに則っているかどうかということをやっぱり見ていく、この枠組みを超えて中止したりだとか、濫用のような形で強行したりというのはあってはならないわけでありまして、あくまでも決めた法律の枠組みの中で行われるべきというふうに思っています。

ただしですね、どんなものでも開いていいかというとそういうことではなくて、法律違反だったり人権に関する問題に関しては、例えば予防措置だったり防止措置ということは取ることもあるし、まぁそういう場合には取るべきかなというふうには思うんですよね。

例えば展示内容が名誉毀損であったりとか、侮辱・脅迫・プライバシー侵害というような、そもそも法律違反になるようなものに関しては、これは公的なものだけじゃありません、民間であったとしても、開くということに関しては問題がありますので、それに関してはいわゆる公的な権力が介入するということはあるだろうと思っています。

それからこれも今回ポイントになっていると思うんですが、それぞれの立場の意見、これ国会議員も含めて皆そうなんですけれども、法的な権力者が、直接法的に強制力があるということではなく、直接影響を及ぼせないのであれば力がないんであれば、様々な自由な発言・議論をして良いと思います。そうでないとマスコミであったり地方議員だったり、我々国会議員であれなんであれ、何も言えない何も言うべきじゃないということになります。

ただもちろん、本件を直接中止することが出来たりとか、そういう人はやっぱりこれを開くということを決めた立場でありますから、そこはまぁ中立性ということが求められるわけでありまして、それ以外の人たちが、例えば私がいくら国会議員だからといって騒いでも、直接この展示会を止めるということは出来ません、仮に働きかけたとしても、それは働きかけたられた側が、本来はしっかり法律に則って、表現の自由というものの原則に則って、どうするべきなのかと考えて意思決定をするはずですから、それ以外の人がいろんな発言をすることも、ある種の表現の自由ということでもあるので、そこは保障されるべきだと。

とはいえですね、公権力にいる人たちはより自制的でなければならぬので、それぞれの立場の人たちの発言がどうだったかっていうことに対して、私の評価と検証はしておきたいというふうに思っています。

まず菅官房長官の発言がいろいろありました、ポイントとしては原文があるんですが「あいちトリエンナーレは文化庁の補助事業として採択されています。審査の段階では具体的な展示内容の記載は無かったことから、補助金の交付決定では事実関係を確認し、精査した上で適切に対応していきたい。」というふうに言っています。このことがどう捉えられたかによって、まあいろいろ波紋・議論を呼んでいるのかなぁと。

このことだけでは、実際に中止をするとか、補助金を払わないとか、そういうことを言ったわけではないので、しかも今回事実として、津田大介さん自身が、今回の不自由展の中止理由は、公的な権力の人たちからの圧力に屈したものでもなんでもありません、あくまでも脅迫とか電凸とかで、危険も及んでいると、それが理由であるということを言って中止を決めているわけですから、少なくとも今回公権力が働いて中止されたというのは、まあ考えにくいと思っています。

で交付金決定に関するプロセスを、いわゆる交付金を出す立場である国が再検証するというのは何の問題はない、そのプロセスが正しかったのか正しくなかったのか、何らかの権利の濫用があったのかどうか、こういうことに関しては法律に則ってどうだったかってことが検証されればいいんであって、これを超えるものでもこれ以下でもないということだと思います。

次は大村知事なんですが、大村知事はまあスタンスとしては、表現の自由ということに関して真面目に守ろうということで、私は大変高い評価をしたいと思ってます。

なかなか知事でここまで頑張って言える人はいないと思いますが、ただ1つ問題があるとすると、河村市長に対する発言について、これはその検閲であるということを言っていますが、ちょっと用語の問題ということでもあるんですが、検閲には当たらないというふうに思っています。

検閲というのはですね、実は最高裁の定義がありまして、あくまでも公権力または行政権が、いわゆる思想または表現物に対して、事前に止める措置を取ることがいわゆる検閲という定義になっているので、これはもう実際行われたものに関してどうだこうだということを言ったわけなので、検閲には当たらないし、憲法21条には当たらない。

ただ表現の自由が侵されているかどうかということに関しては、まぁ評価はいろいろ皆さんあるんだろうと思うんですけども、大村知事はいろいろ言われたことに対して1つ1つを取り上げて評価するというよりも、これはもう実行者ですから、中立というか淡々とですね、色んな意見を受けて判断を最終的な責任者としてするという立場であって、あまりいろんな人たちの意見に熱く応えるというよりも、もう主催者の責任者ですから、最終的な判断をするべきだったというふうには思っています。

その判断自身は、これも大村知事が述べてますが、あくまでも内容というよりも、その脅迫メールだったりとか、電凸だったりとか、そういうことを含めてこのままでは維持できないということを、原因としているということでした。

坂井さん
まあ現実的にはやっぱり2500通のメールなり電話なりっていうのが来て、どういう内容だったかわかんないですけど、その来場者の安全とか関係者の安全というのを考えたら、ちょっとやっぱり行政的には続けるのは、まぁちょっとそのやり方とかコミュニケーションのとり方ですよね、プロセス的には問題があるかもしれないけど、なかなか厳しいですよね。

そう、で問うべきはこの脅迫に関しては僕は刑事的手続きをちゃんとするべきだというふうに思っています。それをやらないと、それを原因として止めたわけですから、それ自身が犯罪行為であるということは、特に止めた責任としてはですね問われるというふうにも思っています。

でまぁ河村市長はですね、立場的には名古屋市のお金が2億円出されたうちの、まあ割合の多寡ではないんですけれども、その中の按分された430万円ということになってくるわけですけれども、そういう意味では一主催者の一人、協力関係、県とね、ということではあるので、あまりその市長自身が意見を言うというよりも、やっぱりそれはいろんな意見を受ける側として振る舞うのが筋かなというふうに、もうちょっとだから冷静にというふうに思っています。

ただもちろんさきほども言いましたが、直接河村市長がこの展示会を止めれる立場なのかどうか、もちろんもしこの名古屋市のお金を後から払わないということが強権的に行われれば、当然この会を別の形で中止することが出来るということになります。

坂井さん
実行委員会入ってますからね河村市長

そうすると公権力に関する、表現が侵されたと問われかねない状態にはあったということでありまして、でもそれは気を付けないといけないのは、検閲ではないので、僕はちょっと河村市長に関しては、もうちょっと中立公正な冷静な立場に、今回は立つべきであったのかな、というふうには思っています。

で津田大介さんそのものの振る舞いということも、今回色々な評価があるかと思ってます。

こんなものをやりやがってと、日本を貶めるのかというようなこともあるでしょうし、一方で取りやめたという事に対して不自由展の実行委員会の人たちは、訴えるということを言われていますので、双方から一番まあ攻撃されていると言うのが津田大介さんだと思ってます。ただ私は主催者としてやっぱり注意義務というか、ちょっとそこは怠っていたというふうに言われても仕方がないかなっていうのはあると思う。

この不自由展をやればかなり大きな反応あるだろうと、そういう炎上も含めてそういうことを期待していたと言っちゃってるわけですから記者会見で、であればこういうことは想定しておくべきだったんではないかなということですね。

で後から反省の弁としていわゆる公的な場所であり、私的な場所でやるのと違うから電話番号は公開されてたり、県の担当者の名前みたいなものは調べればわかっちゃったりということで、いろんな人に迷惑をかけたということなんですけれども、確かにそういうようなことを考えるんであれば、こういう場所でやるということが最適だったかどうかは問われる、主催者としてやっぱりその安全確保って意味では問われるというふうに思っています。

ただ今回結果としてこういう状況になってですね、確かに危険を感じた場合に、それでも続けられるかどうかといえば、もちろん表現の自由のためにあらゆる声に対して屈せず頑張るというのは、1つの姿ではありますけど、一方で主催者という責任を考えた場合に、やむを得なかったのかなと考えています。

ちなみに私自身もあまりこの手の展示物を好まない、っていうとまあいろいろ言われたりもするんですけれども、好む好まないに関わらず、止めるべきだったかというとそうではないし、この主催者の人たちが1度いろんな形で決めたんであれば、その決めたことに対して自分も決めた責任があるわけですから、その責任を持って進めていけばいいし、内容がけしからんということで止めるということになれば、それは表現の自由を侵していると言われても仕方がないと思っています。

ただやっぱり私も自分自身があまり好まない表現物に関しても、表現の自由が大切だという立場であれば守らなければならないということは間違いがないので、それはどうやって守っていくのか、ただ守る限界も先ほど言ったように、これが犯罪につながる、さっき言った名誉毀損だったりとか侮辱・脅迫・プライバシー侵害というような、表現の自由と実は隣り合わせですね、どんな表現でもそういうことの可能性がある、結果としての責任とはそういうところですよね。

これを最初から脅迫とか侮辱になるんじゃないかということを気にして、法律とかを作ってしまったら考えることや内心まで全て奪ってしまうということになりかねませんので、確かにどんな表現も自由ではあるけれども、実際にその表現をした場合にはちゃんと刑事罰も含めて罪は設定されているわけで、その責任っていうのはあるんだということを理解して知るべき。

しかも行政、特に公権力が罪を犯さない、あるいは人権を守るという責務を負っているわけですから、もちろんそことのバランスでもってですね、いくら表現の自由だというふうに言ったとしても、犯罪が行われるということに関して、そこに自由があるのかっていうとそれは違うということなんだと思います。

今回の展示内容がじゃあ名誉毀損・侮辱・脅迫・プライバシー侵害であったかどうかということは、まあいろんな評価はあるかと思います。

1つはあの少女像がこれの何に当たるのか、日本人の名誉を毀損しているというふうに、今の法律の建て付け上名誉毀損罪を問えるのかどうか、それから昭和天皇の写真を焼いたということが、これは侮辱に当たるかどうかということなんですね。

これすごく難しくですね、うちのチームも弁護士を入れて議論をしていたんですけれども、まずこれ私は好みませんよ?勘違いしないで下さいね、こんな天皇陛下の写真を燃やすなんてとんでもないと思ってますよ?思ってるんですけど、それはちゃんと法律に則って、表現の自由というのはどこまで許されるのかということを、法律上議論しておかなければならぬと思っているので、議論させてもらいますと、名誉毀損としては、いわゆる亡くなった方に対しての名誉毀損で問うのは難しい、ただ侮辱罪は決まってないみたい。

ただ侮辱と名誉毀損は類似のものとして判断されますので、名誉毀損は明確に亡くなった方に対しては問えないということになっているので、侮辱罪がそれに当たるかどうかというのは、もう判例等々いろんな評価にかかってしまうので、これが侮辱ということにつながっているのであれば当然、侮辱罪として法律違反のことが行われたんだと、だからやってはならなかった。

こういうふうになる訳ですけど、そこはきっちし今回法律論として問われないと、いわゆる感覚的に好きとか嫌いとか、ねばならぬということだけでは、特に私みたいに国会議員という立場がある人間が、自由に感想を述べるというのはありえませんので、そこは緻密に行きたいなというふうに思っています。

で少女像の問題に関してはまあ難しいよねと、もちろんこれが公的な展示場で行われていることによって、日本または愛知県、またはその公的なものがそういう立場を認めているんだというふうに取られかねないというのはあると思います。

ただそれはきちっとそうじゃないというふうに、展示はしたけどその内容は支持しているわけじゃないということは、主催者がちゃんと声明をきちっとだして理解させなければならない、その責務は負っていると思いますので、そうでなきゃ一種のプロパガンダが行われたということになりますので、そうでないんであればきちんとした中立の立場で行ったんであって、どんな展示がなされていたとしても、それはいわゆる公的なものがそれを支持しているもんじゃないということを、ちゃんと認識されるまで宣伝していないのは悪い。

それと権限の濫用があったかどうかという問題ですよね。そういうことをやろうとする人がいて、うまくすり抜けて、まあ権限を使ってそういう展示を行ってたのかということも問われる、いずれにしてもまだわからないところも多くてですね、結果としてはこの中止は主催者の人たちによって決定された、しかも理由はそれに対する脅迫があったということだと思います。

非常にまあ感情的になればなんぼでも議論ができるし、好きとか嫌いということになれば、そこに表現の自由だからいいうことが加わってくると非常に複雑な話になってしまうと思っているので、冷静に1つ1ついろんな局面だったり、いろんな人の立場の発言に対しても私なりに検証させてもらったというふうに思っています。

坂井さん
荻野幸太郎さんがわかりやすいこと言ってるなーと思ったんですけど、国立メディア芸術センターに入る本っていうのは、いろんなマンガがあるわけじゃない、いろんなゲームがあるしいろんなアニメがあります。

坂井さん
でまぁその中にはエロいものもあるしグロいものもあると、でもそれに対して例えば国は1つずつの作品について、これは良いとかこれは悪いとか、置いたからといってこれを肯定しているとか、その中に書かれている事象自体はっていうことではないよということと、まあ一緒だよねっていうことはまあわかりやすい理由だよなあと思ったんですけど、もう1つはやっぱり僕が思うのはコミケですよね。

坂井さん
コミケってビッグサイトでやってるじゃないですか、ビッグサイトは株式会社ビッグサイトっていうまあ要は東京とか、東京都の外郭団体みたいな感じ、ちょっと正確にはわからないんですけども、がやってますと、そのときにじゃあその東京都がその内容についてどうこうどうだから、そういうものを開いちゃいけませんというような、そういうのにまぁ近しいんだろうなという、僕は気がしています。

補助金の話も何度も出てくる、補助金を使った公的資金を使ったっていうことなんですけども、公的資金・補助金の話を持ち出してじゃあダメだっていう議論になっちゃうと、国公立学校は全部一定の議論しかできないということになっちゃうんですよね、でそれは何度も言ってますけども、法律があるんですね、こういう法律にもとづいて中止するなら中止する場合のプロセスだとかは細かく書いてあります。

ここに瑕疵があったかどうかということが問われるべきなんであって、やっぱりそういう冷静なモノの見方をしていかないと、公金を使ったんだからということだと、今言ったビッグサイトだって遠回りで公金の恩恵をこうむっているのは間違いがないわけですよね。

で東京都は親だからということを使って、実際に公権力を発揮しようと思ったら出来なくもない、とういことにもなりかねないですから、そこは自制的に表現っていうことに関しては、右だろうと左だろうと、賛成だろうと反対だろうと、親日だろうと反日だろうと。

ただそれがいわゆる法律の枠組みを超えているとか、犯罪につながっているかどうかってことがまあ1つ問われるということと、そもそも主催者がスタートとしてどういうことをやろうとしたのか、この責任はあるということです。

それが第三者にある程度任せた、コミケとかもそうですよね、コミケ事務局だって中身に関しては、基本的には自治みたいな形でもって、運営しようとしていると、ただ175(条)その解釈については議論があるものの、その違反は容認はできないということで、いわゆる中止をさせることっていうのはある。

それはいくら表現の自由だからといっても、法律に違反しちゃってるからということであって、気に入ろうと気に入らなかろうと、場所を提供してそういうものなんだという趣旨で行われている以上は、表現の自由は担保されるということでみんなが守るからこそ、好きだとか嫌いだとかあるけれども、まあ実施されているということなんだというふうに思っています。

はい、ということであのまあ、これ以上でもこれ以下でもないということですね。




以上で今回の文字起こしを終わります、今回もあっちこっち端折って省略していますので、お時間のある方は是非動画の方でご確認下さい、最後まで読んで頂きありがとうございました。

【第358回】あいちトリエンナーレ・表現の不自由展~わたしの意見を述べます~【山田太郎のさんちゃんねる】


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